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独秀峰(日文) 一 作者 赵平
来源: 发表时间:2014-01-08 浏览:2895

(どく)(しゅう)(ほう)

原作:     赵平

注译:     阿部治平 福井耕一 李玲 赵平 呉琴 苏丽萍 袁广泉 小林栄三

朗读:     森畑結美子

 

()(まえ)黒々(くろぐろ)とした(たか)(やま)がある。(てん)(ささ)える(だい)(こく)(ばしら)とでも()うべき[1]か。

(よる)(じゅう)()ごろだった。(つき)(よこ)(みん)()()()から(かお)を出した[2]ばかり[3]である。()(ぞら)(ふか)古井戸(ふるいど)のようだ。(わたし)教科書(きょうかしょ)にあった「(そら)()れて万里(ばんり)赤旗(あかはた)がたなびく」ということばを(おも)いだした。晴れた空は晴れた空だが、晴れた空に赤旗はない。あっても()(くら)じゃ(あか)(いろ)()えぬ[4]。いわんや[5](かぜ)がない。

(ふる)えが()た。

(あお)()て、()()った断崖(だんがい)(いま)にも(くず)れんばかり[6]だ。(こわ)くなった。桂林(けいりん)南国(なんごく)にあるが、十二月(じゅうにがつ)ともなれば、軍用(ぐんよう)のオーバーを()ていても(さむ)さはしんしんと()()みてくる。

ボタンを()めて、山を(めぐ)っている(みち)(うえ)まで()ってみることにした。

 

二日(ふつか)(まえ)株洲(しゅしゅう)出張(しゅっちょう)した。緊急(きんきゅう)必要(ひつよう)だった鋼管(こうかん)(なん)とかしなければならなかった。そのころ、私は貴州(きしゅう)赤水(せきすい)天然(てんねん)ガス化学(かがく)肥料(ひりょう)工場(こうじょう)(つと)めていて、その鋼管というのはアメリカから来たものだったが、どういうわけか間違(まちが)って株洲のとある事業所(じぎょうしょ)(おく)られてしまった[7]。そこから電話(でんわ)があって、輸入(ゆにゅう)設備(せつび)管理所(かんりしょ)所長(しょちょう)確認(かくにん)のために私を派遣(はけん)した。

「もう十九(じゅうく)だろう。まだ、出張したことはなかったよな。どうせおまえは(ひま)なんだから、()って勉強(べんきょう)して()い。仕事(しごと)簡単(かんたん)だ」

そこで私は、軍用(ぐんよう)オーバーを着込(きこ)んで(よろこ)(いさ)んで()かけた。(たし)かに仕事は簡単だった。株洲のその事業所の倉庫(そうこ)で、鋼管に()された標識(ひょうしき)と私のノートをつきあわせ、確認(かくにん)できたところでクレーン(しゃ)()んで鉄道(てつどう)(えき)まで(はこ)んだ。託送(たくそう)伝票(でんぴょう)()()んで託送所(たくそうしょ)(かか)りに(わた)すと、あとは切符(きっぷ)()ってお(かえ)りになるばかりとなった[8]

(えき)()いてみると、このままあっさり出張から帰るのはもったいないような()がしてきた。切符売(きっぷう)()(つぎ)駅名(えきめい)を見たとき、突然(とつぜん)ひらめいたものがあった。ほかの(せん)()ると、意外(いがい)や意外、桂林に行けるじゃありませんか。「桂林山水(さんすい)天下(てんか)名勝(めいしょう)」ちょっと(まわ)(みち)をして(あそ)ばない()はありません[9]。どうせ交通費(こうつうひ)宿泊料(しゅくはくりょう)はお(かみ)がお()(はら)いになる。

まあ、こうして私は、株洲から桂林に来たのだった。たそがれどきに桂林駅に()くと、駅前(えきまえ)屋台(やたい)でかゆを一杯(いっぱい)すすり、()しパンを(ふた)つかじって、()まるところを(さが)した。私の収入(しゅうにゅう)からすれば[10]まともな旅館(りょかん)()まるわけにはいかない。目標(もくひょう)風呂屋(ふろや)だ。そのころ、風呂屋は(ひる)()()()れ、夜はすなわち宿屋(やどや)となったものだ。(こし)かけの(うえ)(いた)(なら)べてベッドとし、男女(だんじょ)かまわず[11]衣服(いふく)を着たまま寝る、いかにも[12](やす)宿(やど)である。

だがまことに残念(ざんねん)なことに、この()はよほど[13](うん)がなかったと()える。風呂屋を何軒(なんげん)()いて(まわ)ったが、どれもみな(きゃく)がいっぱいだという。しかたなく、宿屋もいくつか探したがこれも(ことわ)られた。うろうろしているうちに人通(ひとどお)りはどんどん(さび)しくなり、私も(あし)(ぼう)になって[14]きた。

不意(ふい)大学(だいがく)が見えた。小学校(しょうがっこう)退学(たいがく)してから教室(きょうしつ)勉強(べんきょう)するのは、ずうっと私のかなわぬ(ゆめ)[15]だった。私は、そこにいた女子(じょし)大生(だいせい)のうしろから校門(こうもん)(はい)った。警備員(けいびいん)もとがめなかった。おそらくは軍用(ぐんよう)(かばん)(かた)()()けていたので、学生(がくせい)と思ったかもしれない。

私は女子大生につかず(はな)れず[16](ある)いた。彼女(かのじょ)のよく(うご)(こし)(なが)めながら、彼女とひとつ教室で(つくえ)(なら)べる男子(だんし)学生がうらやましくてならなかった[17]

私は、そのとき裏皮(うらがわ)労働靴(ろうどうぐつ)()いていたから、靴音(くつおと)はこつこつと(ひび)いたが、彼女はまったく気にしないようだった。彼女は一度(いちど)()(おそ)くした。私も歩調(ほちょう)()わせて[18]距離(きょり)(たも)たなければならなかった。彼女の(あと)()いて[19]()がると(みち)はさらに()がって学生宿舎(しゅくしゃ)(つづ)いていた。() (ぐち)(はい)るとき、(なが)(かみ)をさっとふって何気(なにげ)なく私のほうをちらりと()()いた。一目(ひとめ)私を見ると、パタンと(あし)(とびら)()めて(おく)()えた。

すぐに、二階(にかい)(ひと)つの(まど)(おお)きく(ひら)いて、()六人(ろくにん)の女子学生が(えさ)()つツバメのように(かお)()し、私を見てピーチクパーチク(さわ)ぎたてた。私が(あと)()けた[20]あの女の子もその中にいるのがわかった。彼女は私のほうを指差(ゆびさ)してまるで[21](おや)(かたき)にでも[22]あったように顔をゆがめてなにか(ののし)っていた。私も()ずかしいのと(はら)()った[23]のとで、こぶしを彼女らに()()した。女の子たちはそれを見るとさっと頭を()()めて窓をバンと()めた。

「まったく!鞄にナイフでもしまってあるんじゃないの」

という(おそ)ろしげな(こえ)()こえた。

「くそー。なにを()()ってやがる。(うら)(ぐち)(にゅう)(がく)のゴマすり()(ぶた)ども」

私のほうも一声(ひとこえ)やり(かえ)して、ぷんぷん[24]しながら()(かえ)し、それから(なん)の気なしに[25]キャンパスをうろついた。()らず()らずのうちに[26]山の下に来た。すぐ「独秀峰」だとわかった。これはよく知っている。桂林を紹介(しょうかい)したポスターにはどれにもあって、ずっと一度(いちど)は見てみたいと思っていたものである。このたびの桂林訪問(ほうもん)半分(はんぶん)はこれが目当(めあ)てだった。(おも)いがけずも[27]ここでお目にかかれる[28]とは[29]

だが、この「独秀峰」は私が想像(そうぞう)していた、人里(ひとざと)はなれたところに(そび)え立っているあの山ではなかった。大学の(へい)のなかのキャンパスにあって、庭園(ていえん)(さん)(すい)のひとつだ。これにはいささか(きょう)ざめ[30]だ。

だが、今夜()()くところがないとすれば、この「独秀峰」の夜行(やこう)登山(とざん)というのはどうだ。ちょっとばかり[31]しゃれてるじゃないか。とはいうものの、私はけちな計算(けいさん)をして、宿代(やどだい)がいくらか節約(せつやく)できるのをひそかに(よろこ)んだ。(なに)しろ、私は国家(こっか)主人公(しゅじんこう)だ。(とき)には国家の立場(たちば)でものごとを(かんが)えなければならない。(くに)財産(ざいさん)は、とどのつまり[32]、私の財産でもあるのだ。

 

目の前の山を(めぐ)(みち)は、(へび)のようにうねって夜空(よぞら)()えている。月はいよいよ(たか)くなって、煌々(こうこう)と「独秀峰」の姿(すがた)()らし()した。ポスターの「独秀峰」は、秀麗(しゅうれい)山姿(やますがた)だが、目の前のこれはまた、天に届かんばかりの巨大(きょだい)(はしら)だ。傲然(ごうぜん)として、(はか)()れない[33]高い夜空に()()さっている。もちろん頂上(ちょうじょう)(はる)かなる(くも)に届いているんだろうな、と私は想像した。頂上に着いて手を()ばしても、あのきらきら(ひか)(ほし)()れるわけはないな。だが、なんといっても「独秀峰」だ。大学の構内(こうない)だからといって貫禄(かんろく)()くすわけでもあるまい[34]

ともあれ、(ひと)(ばん)あれば(なん)で行くべきところに行けないはず[35]があろう。私はゆっくりと道を登って行った。さっきいた平地(へいち)次第(しだい)()暗闇(くらやみ)の中に(しず)んでいった。「タイタニック(ごう)甲板(かんぱん)(うみ)(しず)むところだな」と(ひと)(ごと)()った。(からだ)がだんだん(あたた)かくなり、気分(きぶん)上々(じょうじょう)になってきた。いささか興奮(こうふん)する。ともかく、()(はん)二更(にこう)に「独秀峰」に登ったなどという文人(ぶんじん)墨客(ぼっきゃく)なんぞ[36]聞いたことがない。私は正々堂々(せいせいどうどう)のプロレタリアートとしてまずは(さき)()けをしたことになろう。まさしく、「風流(ふうりゅう)人物(じんぶつ)(かぞ)えんとすれば、さらに今朝(けさ)()よ」という一節(いっせつ)(ただ)しいということを証明(しょうめい)したことにもなる。

ところが、私の上機嫌(じょうきげん)はほどなく挫折(ざせつ)した。山を(めぐ)小道(こみち)前方(ぜんぽう)(ふと)(くさり)がかかった(てつ)(さく)(あらわ)れたのである。まわりはすべて断崖絶壁(だんがいぜっぺき)(まわ)(みち)もない。鉄柵(てっさく)ははなはだ高くてのり()えるのはとうてい[37]無理(むり)だ。どうやら、今夜の風流もここまでか。私はなんだかがっかりして石段(いしだん)(すわ)った。(した)のほうから()()げる風が私の軍用オーバーに(はい)()み、せっかくの(あたた)かい空気(くうき)(はこ)んで行ってしまう。(ふる)えが来た[38]。この山道でぐずぐずしていて、うっかりすべり(ころ)んで(つい)(らく)するのはばかばかしい。風流と(いのち)とどちらが大切(たいせつ)かといえば、命が大切に()まって[39]いる。そこで、無茶(むちゃ)をやる[40]か山を()りるか考える。私は()()がると、未練(みれん)たらしく鉄柵の(とびら)()さぶってから山を下りようとした[41]

するとこのとき、(はい)()で「ギイ」と(おと)がした。()(かえ)ると鉄柵の(ちい)さな扉がぎこちなく、ゆっくりと(ひら)いたのである。

扉は(ひと)ひとりがなんとか入れるくらいは開いたので、私は(おお)いに気をよくして[42]中に入って行った。

風が吹いた。上に登っていくといよいよ(つよ)くなった。風というものは高いところが()きなのか、下界(げかい)(あそ)ぶのは(いさぎよ)しとしない[43]らしい[44]。私はできるだけ壁際(かべぎわ)()りつくようにした。またもや怖くなった。うっかり(すべ)ったらおそらくは(そこ)なしの(ふち)墜落(ついらく)する。寒風(かんぷう)はひゅうひゅうと(みみ)のはたでうなった。枯葉(かれは)がくるくるまわり、ほほをかすめ、()のようにうしろへ()んでいく。木がごうごうと()って、まるで私の(まわ)りに無数(むすう)小川(おがわ)(なが)れているかのようだ。突然(とつぜん)(おお)きな(とり)二羽(にわ)、私の足音(あしおと)(おどろ)いてばたばたと()()つ。私は()()まって鳥の行方(ゆくえ)を見る。ひとつは(あたま)()げて一気(いっき)深淵(しんえん)(いし)のように()ちてゆき、もうひとつはまっすぐ月に()かって[45]飛び、たちまち小さな(くろ)(てん)()わってさんさんと[46]()(げっ)(こう)(こう)(ずい)(なか)()えた。夜空に(ただよ)(するど)(こえ)はカラスか、はたまたサカリのついた[47](ろう)(びょう)か。

「ギャーア」

月明(げつめい)(ほし)(まばら)烏雀(うじゃく)(みなみ)()ぶ」

私は(そう)(もう)(とく)()(くち)ずさんでまた(ある)()した。また身震いした。石段につまづいてすんでのところで(ころ)ぶところだった。

あれ、山道の前のほうに()(くろ)()どもが座っている?

月の光は子どもの背中(せなか)から()ってその輪郭(りんかく)(うつ)()しているだけで、顔なんかはっきりしない。どうやら石段に座っているようだ。高く上げた手をゆっくりと下ろした。手はいやに(なが)くて、指先(ゆびさき)が月光の中で()がって(ふる)えている。

「だれだい?こんなところで(なに)をしてるんだ?」

(おどろ)きながらもたずねてみる。

子供は(だま)っている。ゆっくりと体を()こすと手を()ばして木の枝に(つか)まった。

ようやくはっきり()えてきた。子どもじゃない。(さる)だ。

怪我(けが)をしているのか、動作(どうさ)がナマケモノと(おな)じで、猿にしては(にぶ)すぎる。背中(せなか)湿(しめ)っていて()が出ているようだ。それでも(ちから)(しぼ)()して崖を登って灌木(かんぼく)のやぶに()えていった。背中に血が(なが)れていたから、(きず)は首にあるのだろう。大学のキャンパスにある「独秀峰」に猿がいるはずがないから、動物園(どうぶつえん)かどこかの家から()()してきたのだろう。

()()(ちか)くに衛生局(えいせいきょく)があってそこの医師(いし)たちが、ある(ふゆ)広東(かんとん)広西(こうざい)に出張して、猿を(じゅう)数匹(すうひき)持ち帰ったことを(おぼ)えている。彼らはそれを知り合いの家に一匹(いっぴき)ずつ[48](くば)った。私は、猿と生死(せいし)をともにするお(はなし)(こころ)(えが)き、かわいがり[49]たくて(おお)いに()しかったのだが、父母(ふぼ)はあいにく衛生局とは何のかかわりも持たなかったから、ただ(うらや)ましがるだけ[50]だった。数日(すうじつ)たって、突如道端(とつじょみちばた)のごみの山の上に()をむき()した、(おそ)ろしげ[51]表情(ひょうじょう)をした猿の頭がいくつか出現(しゅつげん)した。私はそのそばにしゃがんで鼻水(はなみず)(なみだ)とを(なが)し、暗くなって父母が引きずるように()(かえ)るまで、そこで()いていた。ご飯はわけもなく[52]()べなかった。ハンストを夜中の十二時(じゅうにじ)まで(つづ)けてようやく()わりにした。そのあと一気(いっき)(にく)うどん二杯(にはい)とゆで(たまご)(みっ)つを(たい)らげた[53]

あとになって、広東と広西の人は、猿を強壮薬(きょうそうやく)にすると()いた。現地(げんち)連中(れんちゅう)が出張した医者(いしゃ)をそそのかして、冬の強壮薬として()わせたのだ。あの猿たちは、はなから[54](ころ)される運命(うんめい)にあったのだ。だが、強壮薬だというのはどうも信用(しんよう)しがたい。そこであるとき広州(こうしゅう)から()仕事仲間(しごとなかま)に、この心中(しんちゅう)疑問(ぎもん)を聞いてみた。彼は(つば)()()むようにして、(たし)かに猿は十全(じゅうぜん)の強壮薬だと私に()げたのである。

「猿はな、全身(ぜんしん)これ[55](たから)だ。いちばんいいとこが(のう)みそ。頭でなけりゃ[56]だめなんだよ。どうして頭を()てたのかねえ?ばかどもめ[57]

手を()(ゆう)()って、じつに()しいことをしたというしぐさをした。

ここの猿はまさかギロチンから逃げ出したものではあるまい。猿は(やぶ)の中に入り込むとこそりとも音を立て[58]なくなった。どうやってこの寒い夜をすごすのだろう。明るくなったら、とっ(つか)まえられて頭を()られるんじゃないか?

私は、()()った(てつ)(かたまり)()()んだような重苦(おもくる)しい気分(きぶん)になった。それがまた全身(ぜんしん)にまわり、手足(てあし)をしびれさせ、頭が(はたら)かなくなった。私は頭を()(おも)い足を()きずって()()やり登りつづけた。

いつの()にか[59]、山道が消えて、(たい)らな場所(ばしょ)に来た。見ると目の前にあずまやがある。もう頂上に着いたのだ。この「独秀峰」は、山の(した)から(なが)めたときほど高くそびえて雲に入るという代物(しろもの)ではなかったのだ。

今夜はこのあずまやで寝るとするか、と考えてそこに入った。(かべ)はない。風が()()ける。なんだか小便(しょうべん)のにおいがする。寝るのに適切(てきせつ)場所(ばしょ)というわけにはいかない[60]らしい。私はあずまやを(はな)れ、崖っぷちに行って下を見た。桂林の(まち)()は、深海(しんかい)(そこ)(かり)をするというアンコウの提灯(ちょうちん)のように、点々(てんてん)(ひか)り、あるいは(かく)れあるいは消え、あちこちに()(うご)いて、なかなかきれいだ。

山国(やまぐに)貴州(きしゅう)()まれだから、冷凍(れいとう)動物図鑑(どうぶつずかん)(なか)でアンコウを見たことがあるだけで、生きたアンコウは一度も見たことがない。だが、(ゆめ)の中でこんな感動的(かんどうてき)(うつく)しい景色(けしき)を見たことがある。たくさんのアンコウが星々(ほしぼし)のような(はっ)(こう)()()ばして、()(くら)(しず)かな海底(かいてい)で、ぎざぎざの(するど)()大口(おおぐち)をあけて(えさ)がくるのを()っている。こいつは夢なんだと夢の中でわかっていたが、夢境(むきょう)のなかにいつづけようとして目をあけるのを(こば)んだ。二十八歳(にじゅうはっさい)まで、私は海なるものにお目にかかったことがなく、どうしてだかわからないが、いつも夢の中に海が登場(とうじょう)した。思えば、小さいときから家の後ろにある「八鴿崖(はっこうがん)」に登るのが好きだった。崖の上の乱石(らんせき)の中に魚や巻貝(まきがい)仲間(なかま)化石(かせき)()つけてあれこれと想像(そうぞう)することができたからである。(とお)(むかし)、貴州はまちがいなく海だったのだ。だから、山の上にたくさん海底動物(かいていどうぶつ)の化石が(のこ)っているのだ。そこで私の思いは、海の風や海の色にまとわりついて離れない。海には、私の前世(ぜんせい)の、何か離れがたい[61](えん)があるのかもしれない。ときには、人々といっしょの船に乗って(しま)に行ったという夢を見たことすらある。島の崖には海風(うみかぜ)に吹きさらされた大小(だいしょう)さまざまの洞穴(どうけつ)があった。ペリカンやカモメがその中で(たまご)()(ひな)をかえしていた。どの(あな)にも何羽(なんわ)ずつか(はだか)雛鳥(ひなどり)がいてピーピーと餌を求めて頭を出していた。海岸(かいがん)にはいたるところにいろんな模様(もよう)の卵が(ころ)がっていた。漁師(りょうし)(むすめ)たちはズボンを(まく)()げ、かがんでその卵を(ひろ)って()(もと)(かご)()れた。(なみ)()()せる(かい)(がん)にはたくさんの()(ざかな)()()げられていた。(さかな)はぴょんぴょん()(まわ)(うろこ)がきらきら(ひか)った。黒猫(くろねこ)何匹(なんびき)海辺(うみべ)にいたが、足元(あしもと)の小魚など見向(みむ)きもしない[62](だま)って(なみ)()せる海を見ていた。まるで船が帰るのを待つ漁師の女たちのようで、その背中はなにがしか憂鬱(ゆううつ)で、哲学的(てつがくてき)であった。

このとき、「独秀峰」の頂上に立って、私はなおも大海(たいかい)姿(すがた)(もと)(つづ)けた。私は体を()げて両足(りょうあし)の間に頭を入れ、そこから遠くを見た。なんだか高空(たかぞら)()かんでいる(かん)じがした。上下(じょうげ)さかさまだから「上空(じょうくう)」には灯火(とうか)(とも)り、「脚下(きゃっか)」には深い深い海があった。海面には(こう)(こう)(かがや)(ぎん)(ぼん)がひとつ浮いていた。

体の(あたたか)みがまた夜空に消えていった。私は寒さに(こご)えて体を起こした。眠気(ねむけ)がきて震えながらあくびをした。やはり寝る場所を探さなきゃと思ってしばらく歩き回った。夕方(ゆうがた)から走り回り、そのうえ長時間(ちょうじかん)の山登りで、すっかり疲れていた。あずまやを巡ると,(くぼ)んだ石があったので座ってみる。ちょっとした手すりのついた椅子という感じだ。お(しり)はいささか湿(しめ)っぽい[63]が、ないよりはましだ[64]

私はうつらうつらし始めたが、ほんとうに眠れたわけではない。この石の窪みは深海の冷えきったタコのように私を抱え、私のわずかばかり残った温もりを必死(ひっし)になって吸盤(きゅうばん)()()ってゆく。私はまるで氷水(こおりみず)の中に落ちた()ネズミで、(ぜん)(しん)がこまかく震えて止まらない。座り方もよくないのか、筋肉(きんにく)がだるく痛くなってきた。肩もこってきた。私はまた目をあけた。

その一瞬(いっしゅん)心臓(しんぞう)()()がりひっくり(かえ)って(のど)から()()るかと思った。

目の前に大きな人影(ひとかげ)があって視線(しせん)をさえぎっている。

(こし)をかがめて、私の様子を(さぐ)るかのように、()(しろ)(かみ)()が月光に光り、(のど)がごろごろいう音をまわりの空気(くうき)伝播(でんぱ)させながら、こちらを見ている。

史亮(しりょう)や、ぼんやりしているんじゃないよ。そんなに(わか)いんだから(あたら)しくやり(なお)機会(きかい)もあるのだ。私たちのような()いぼれは、くたばるしかないのだけれど。(かん)(おけ)のふたをしてからその人の評価(ひょうか)はきまるんだよ。(すく)えるものもみんな救えなかった」

彼が何かいうのを聞いて、私はようやく心臓のおどるのを(おさ)()んだ。こいつは幽霊(ゆうれい)じゃないや、じっさい生きてる人間なんだ。

「なにか(ひと)(ちが)いをしていますよ」

私は史亮という人じゃなくてただの(りょ)(こう)(しゃ)です、と私は言った。

「おまえはまだあの災難(さいなん)から()()せないのかね。私が悪かった。私の(つみ)だ。(さき)()(とお)[65]なかった。極悪(ごくあく)非道(ひどう)だった。気が()かなかった[66]。おまえには悪いことをした。(ゆる)してくれ、誠心(せいしん)誠意(せいい)()びをする[67]、おまえが許してくれるまで私は腰を曲げお()()をつづけるよ」とこの人は言った。

彼は背筋(せすじ)()ばし、また深々(ふかぶか)と腰を曲げた。真っ白な髪がほとんど私の顔に触れんばかりだ。男が私にお辞儀をするのを()ると、どうしてよいかわからなくなり、あわてて彼を起こして言った。

「止してください。どうかお座りください」

お座りくださいというのは、自分でもとてもおかしかった。この山の上に椅子などないのだから、「どうか」といっても、どこへ「お(すわ)りになる[68]」というのか。

彼は、あっさり草の上にあぐらをかいた[69]

「こういえばおまえは私を許してくれるのかね」

話はまたぶり返してきた。私も座って、困惑(こんわく)しながらも聞いてみた。

「あなたはなにか間違いをしでかしたんですか、よければ話してください」

「うーん……」と彼はため(いき)をつくと、話し出した。

「間違いというのは、おまえと小安(しょうあん)の交際をとがめたことだよ。おまえは生まれも(そだ)ちもよい。立派(りっぱ)(ひん)(のう)出身(しゅっしん)で、小安は『くそインテリ』の家の生まれじゃないか。おまえと付き合うのは(たか)(のぞ)みだというわけだ。どうしてあんな融通(ゆうずう)の利か[70]ないことを言っちゃったんだか。時勢(じせい)がわからずに、白黒(しろくろ)をひっくり(かえ)して生木(なまき)()いてしまったんだね」

私も少しわかってきたような気がした。それで好奇心(こうきしん)がわいてきた。

「それで、小安はどうしました?」

()ずかしいことだよ。あの()一週間(いっしゅうかん)というもの、水も飯も喉に入らなかった。病院へ送ってようやく命はとりとめたんだがね」

「じゃ、史亮は?……私がいうのは、つまり私のことですが。私がどんなになったか知っていますかね?」

「あの日私がお前を追い出してから、おまえはすぐには(とう)(ざん)へは行かなかったね。両親のところへ帰ったんじゃないかね?」

「それで、あなたは?」

「私かね?私はね、私は、私はいま何にもできなくなっちゃったんだよ。ピアノを教えることもできなくなって、毎日(まいにち)検査書(けんさしょ)を書いているよ」

この人の話は少しおかしいところはあるものの、だいたいの理屈(りくつ)(とお)っていた[71]。この人は、ピアノの先生で娘を小安という。史亮という若者と仲良くなったのを父親に邪魔(じゃま)されて、ふたりは(ばな)ればなれになった。それからしばらくして父親は後悔(こうかい)しはじめ、山に登って夜となく(ひる)となく[72](あやま)ちを()やむうちに、私を史亮にしてしまったのだ。

「先生、ほんとのところ、あなたは人違いをなさっています。私はあなたのいう史亮でもなんでもありません」

「そら来た。やっぱりおまえは許してはくれないんだね。ならば私はまたおまえに頭を下げるよ。何回下げればよいのかね」

「いや、いや。私は史亮です。(みと)めます。もうあなたを許しています。これでいいでしょう?」

私はあわてて彼の肩をたたいて、こんなに遅くなりましたから、山の上は冷え込みます。先にお帰りになってはいかがですか、と言ってみた。

「家に帰るって?家には壁のほかひと気がなんにもない[73]心底(しんそこ)、冷えるよ」

奥様(おくさま)は?」

「おまえは()らなかったね。八年前(はちねんまえ)にめでたく昇天(しょうてん)したよ」

「じゃ、小安は?」

「行っちゃった。おまえより遠くへ行ってしまったよ。クラスメイトについて『北大荒(ほくたいこう)』へ行って農民(のうみん)になったんだ。それは光栄(こうえい)なことだ」

「あなたが彼女と史亮……私との友情を引き裂いたから、彼女はあなたを許すことができなくて、遠くへ行ってしまったのですか」

「おまえはまだ知らなかったんだね!」

ピアノの先生はまぶたを伏せてポケットからハンカチを取り出して鼻水(はなみず)()いた。そのハンカチは真っ黒に(よご)れていて、よく見るとパンツを(はん)(ぶん)にひき()いたものだった。寒さがひどくなって私も鼻水が垂れそうだ[74]ったので、軍用オーバーの袖で鼻の頭をこすった。

「やはり知らなかったか!」

彼はまた言い出した。

「知らないんだね。そうだろ?」

「何にも知らないんです」

と私は認めた。

「おまえが知るはずはないよ。私でさえ知らないんだから。小安も知らないよ。あの子が行ってから、私はいつも心配で心配で。あの子の気持ちにはわだかまりがあってね、私にかかわりたくないんだよ。ひょっとしたら私があの子を(とが)めると思っているかもしれないね」

「彼女を咎めるですって[75]?彼女がどんな悪いことをしたんですか」

「あれに何ができるもんかね。まだ小さいんだよ。ものごとがわからないんだから、どんな悪事(あくじ)もやれるわけはない」

彼は憤激(ふんげき)した。

「なら、彼女は、どんなことをやらかして叱られると思っているんですか」

「あれは、私の指を一本(いっぽん)(つぶ)したんだ」

ピアノの先生は、右手(みぎて)を伸ばした。月の光のなかで彼の五本の指は不自然(ふしぜん)に曲がっていて爪は長かった。(たか)の爪のようだ。しかし、私には潰されたという指がどれだかわからなかった。むしろ、どの指もみな潰されているように()えた。

私はあの怪我をした猿の挙げた両手を思い出した。

「小安はあなたの娘でしょう?あなたはピアノの先生です。なんだって[76]彼女が心を(おに)にして[77]あなたの指を潰せるんですか」

「小安には小安のやむにやまれぬ[78]ところがあったんだ。あの当時(とうじ)の空気じゃやらざるを()なかった[79]んだ」

ピアノの先生はゆっくりとそのできごとを話し出した。

(ぶん)()(だい)(かく)(めい)(はじ)まってから、ピアノの先生はショパンなど外国(がいこく)野郎(やろう)のピアノ(きょく)(ねっ)(しん)に教えていたことで、関係方面(かんけいほうめん)から何回も警告(けいこく)()けた。にもかかわらず[80]彼は、依然(いぜん)として表向(おもてむ)きは(したが)いながら(かげ)では違反(いはん)していたから、これはこっそり「封建主義(ほうけんしゅぎ)資本主義(しほんしゅぎ)修正主義(しゅうせいしゅぎ)」を教室(きょうしつ)()()んでいたことになる。このやり方がついには革命(かくめい)委員会(いいんかい)のボスを(おこ)らせた。彼を(てい)(しょく)(しょ)(ぶん)にして家に帰らせ検査書を書かせた。ピアノの先生は(がん)(めい)()(ろう)で、検査書を書きながら、なおもやりたいことをやり、家でこっそり学生にショパンだのモーツァルトだのベートーベンなどを教えた。彼の「地下活動(ちかかつどう)」を娘は無意識(むいしき)にそとに()らしてしまった。(かく)()(かい)の関係方面は、かんかんになって怒り、突然彼のところを襲撃(しゅうげき)した。彼と学生が夢中(むちゅう)になってピアノを()いているところへ(もん)(やぶ)って突入(とつにゅう)したのだ。

(はん)(にん)はとっ(つか)まえたし証拠(しょうこ)もそろっている。この罪は(のが)れがたい!

ピアノの先生は革委会の反省室(はんせいしつ)()()められた。それから、革委会のお歴々(れきれき)[81]は、娘を連れてきた。一通(ひととお)[82]正義(せいぎ)()ち満ちた厳しいことばで彼を批判したあと、大男(おおおとこ)が何人かで彼をつかまえ、右手をテーブルの上に押さえつけた。革委会のボスは、ハンマーをもってきてピアノの先生の娘に持たせ、彼女に言ったものだ。

「おまえんとこ[83]のロートル[84]は、指を使って『封建主義・資本主義・修正主義』を宣伝している。われわれはこれを(こん)(ぽん)から()()るために、彼の宣伝(しゅ)(だん)(つぶ)すことにした[85]。おまえは老いぼれと(かい)(きゅう)(きょう)(かい)をはっきりさせなければならない。革委会は研究(けんきゅう)の結果、この重要(じゅうよう)な革命的な仕事をおまえに担当させることに決めた。いまおまえには二つの(せん)(たく)がある。(たち)()(けん)()して『くそインテリ』の(きたな)い爪をぶっ潰すか、それとも(どう)(よう)して、それができないなら、まずおまえの頭をトラ()りに()って『黒五類(こくごるい)』のガキとして学校へ送って(そう)()をやらせる。()(そう)が赤いか黒いか、(しゃ)(かい)(しゅ)()か修正主義か。この(ひと)()りで()まるんだ!」

娘はハンマーを(にぎ)ると、(ひと)(こと)も言わずにつかつかと[86]父親の前へ行ってハンマーを高々(たかだか)()()げて、(つくえ)()さえつけられている手を電光石火(でんこうせっか)、ものの[87]見事(みごと)に叩き潰した。

「痛かったでしょう?」と、つい私は聞いてしまった。

「私にはね、ぷうっという音が(にぶ)く聞こえただけだよ。一番(いちばん)大事(だいじ)な指の(かん)(せつ)がそのとき(ばく)(はつ)したようだったが、痛みは感じなかった。私は心配してあのこの目を見ていた。気持ちは(かい)(ほう)されてかえってすっきりしたね。小安は(せい)(かく)に潰したよ。小さいときあの子にピアノを教えたんだが、ある半音(はんおん)がいつもうまく弾けないでね、私はあの子にそのキイを(いっ)(せん)(かい)(れん)(しゅう)させたんだよ。あの子は道具箱(どうぐばこ)からハンマーを持ち出してそのキイを二つに()(くだ)いたんだ。それでその(ばつ)として冬のストーブの(せき)(たん)を砕くのを彼女の仕事にしたんだ。一つ一つ間違いなく砕いたものだ」

ピアノの先生は、いくぶん得意そうだった。

「それから?」

「それから?それからってなんだね。私の指が砕かれて以後(いご)のことかね?あの子はハンマーを()()て、あとも見ずに出て行ったよ。部屋の中にいた連中(れんちゅう)はみんなぱちぱちとあの子のために拍手(はくしゅ)をして、口々(くちぐち)()めそやしていたよ」

「それから?」

「それから?まだなんかあるのかね?うーん……それからか。革委会の人がつぶれた指に(ほう)(たい)()いて()(てい)して、それから一ヶ月閉じ込められた。出てきたら、つぶれた指の関節は長い間固定していたからもうまっすぐには伸びなくなった。ピアノかね。当然弾けなくなった。それもいい。気が楽になった[88]

「それから?」

「それから?なんにもないよ。小安は私の指を完全に砕いたその日に、上からの呼びかけに(こた)えて荷物をまとめて『北大荒』へ行ってしまった。その後、あの子の(しょう)(そく)はなんにも知らない。だれだったか、あの子が『北大荒』に行ってから、またどこかいろんなところへ移動したという話を、ついでのときに、してくれたがね、後はぷっつり[89]。探そうとしても探すところがないんだよ。私は何回も何回も関係のお上のところにいって、私の娘がどこに行ったか教えてくれるように頼んだが、何回も叩き出されてね……。私が正真正銘の(せい)(しん)(びょう)にかかったというんだよ。いまみたいに気持ちを()らし[90]たくなると、町に出かけるしかない。人は後ろ指を()して[91]変人(へんじん)だというし、()どもは大人(おとな)のまねをして(もの)(かげ)から私に石を投げる。私は変人じゃないよ。おまえは私の様子が変人に見えるかね?だがね、(まい)(にち)行方知(ゆくえし)れずのかわいい一人娘のことを心配しているんだ。気が変になってもおかしくないよ。父親が娘を見つけられないなら、(へん)にならずにいられる[92]か!」

ピアノの先生は涙を流しつづけ、パンツの半分を取り出して(うま)が鼻を鳴らすような音を立てて鼻をかんだ。真っ白な髪が風の中に()い、(ひとみ)は深く窪んだ眼窩(がんか)にあってくるくると動いた。どうも、やっぱり少しおかしいのかな。

しばらくすると彼は平静に戻って、また話した。

「ほんとに冷たいね。凍りつきそうだよ、……この世の中は」

私は黙っていた。

彼は、よいしょ[93]と声をかけて体を起こし、腰をちょっとひねって空を眺めた。

「史亮や、もう真夜中の十二時だよ。帰って寝なくちゃな。私は、私の()に帰るよ。おまえはおまえの唐山に帰るんだね。いつかわからないけど、小安はきっとおまえのところへ行くよ。おまえは、あの子と行き違いになる[94]かもしれないね。あの子は、ほんとにおまえのことが好きなんだよ。あの子のことがわかったらすぐ、私に知らせておくれ。一生(おん)()[95]よ。()んで(たましい)になってもお(れい)にくるよ」

ピアノの先生は、ほんとに頭がおかしいかもしれない。そうでなければ、彼は唐山と桂林が二千(にせん)キロも(はな)れていることを()らないはずはない。(わたし)は、だれが()んだとしても、霊魂(れいこん)になってお礼にこられて死ぬほどびっくりさせられるのはごめんだ[96]

どう説明しても無駄のようだ。そこで私は()(のが)れを言った。

「先生、お先にお帰りください。私はいっしょに参るわけには行きません[97]。ここで友だちを待っていますので」

「じゃ、いいよ。おまえはここにいなさい。邪魔はしないよ。先に行くよ。またな」

ピアノの先生は山を下りはじめた。

(さく)(ふう)()きて、(りん)(とう)()え、(きょう)(こく)(しん)(とう)す……」

彼は突然うなりだした。のんびりとした姿が歌声とともに私の視野(しや)から消えていった。

ふらふら歩くのを見ると、崖から落ちるんじゃないかと心配になって[98]きた。だが、歌声はいつまでも聞こえてきたから、いささか安心した。

ほんとの変人か、話を本気にしていいものか?

もし信じるとすれば潰されてしまったのはどの指なんだ?