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趙平・八幡啓先生の「豆知識」58.諺・アラカルト(7)

来源:日语港 作者:趙平 八幡啓 时间:2026-02-27 阅读:108

趙平・八幡啓先生の「豆知識」58諺・アラカルト(7)

(7)弘法(こうぼう)にも筆(ふで)誤(あやま)

「弘法にも筆の誤り(「弘法も筆の誤り」という言い方もされます)は最もポピュラーな諺の一つです。それは「登場人物」が「弘法」という日本人なら誰もが知っている超有名人物だからです。そして内容も簡潔で説得力があるからです。

「筆の誤り」とは「字を書き間違える」「書き損(そこ)なう」という意味ですが、この諺は字の間違いに限定せず「どんな名人・上(じょう)手(ず)でも、時には失敗することもある」という広い意味で使われます。

この諺の起源となったエピソードを紹介しましょう。

登場人物の「弘法」は「弘法大(だい)師(し)」の敬(けい)称(しょう)で呼ばれる平安時代初期の高(こう)僧(そう)です。本名は「空海」ですが、「空と海」は「宇宙」連想させる壮大な名前です。彼は803年、留学僧として唐に渡り長安(西安)の青龍寺に滞在し密(みっ)教(きょう)を学びました。帰国後は高(こう)野(や)山(ざん)に金(こん)剛(ごう)峯(ぶ)寺(じ)を創建するなど密教の布(ふ)教(きょう)に貢献しました。「弘法」は、「仏法を広める」という意味で、まさに空海にふさわしい呼び名でしょう。彼は、また書家としても有名でした。空海を含めて当時の三大書家をまとめて「三(さん)筆(ぴつ)」と呼びますが、空海は紛(まぎ)れもない書の大(たい)家(か)でした。空海と同じ時に渡唐した先輩僧の最(さい)澄(ちょう)に送った書(しょ)簡(かん)が残っています。「風(ふう)信(しん)帖(じょう)」と呼ばれているその書簡は、今は国(こく)宝(ほう)指(し)定(てい)を受けて大切に受(う)け継(つ)がれています。書道の素人(しろうと)である筆者でも、一(ひと)目(め)見(み)て唸(うな)るほどの名筆です。書(しょ)風(ふう)には王義之や顔真卿の影響が強く見て取れます。

さて、その書の達人であった空海が勅(ちょく)命(めい)を受けて、京都の大(だい)内(だい)裏(り)(=天皇が住む宮殿のある区画)の中の応(おう)天(てん)門(もん)に掲(かか)げる扁額(へんがく)に揮(き)毫(ごう)することになりました。この時、空海は大きなミスを犯しました。


(7)弘法にも筆の誤り

書き終えて額を門に掲(かか)げてみると、「応」の文字の点を打ち忘れていたのです。もう門に取り付けた後ですから、いまさら額を下ろすわけにもいきません。一同、困(こん)惑(わく)しました。その時、空海は額に向かって筆を投げ、抜けていた点を見(み)事(ごと)に打ちました。

書の大家の空海が、あろうことか応天門の扁額の文字の点を書き忘れた、というこの出来事が後になって「弘法も筆の誤り」という諺を生みました。

ただし、この出来事を紹介している説話の筆者は、名人・空海が点画(てんかく)を書き忘れたことより、筆を投げて書(か)き損(そん)じを修正したことに感(かん)嘆(たん)しています。さらに余(よ)談(だん)ですが、空海に応天門の揮毫を命じたのは嵯(さ)峨(が)天(てん)皇(のう)でした。嵯峨天皇は先に挙げた「三筆」の一人ですから、自分自身も能(のう)書(しょ)家(か)でした。そして空海と同じ時に嵯峨天皇も大内裏の中の楼門に揮毫をしました。能書家の競(きょう)演(えん)だったわけです。都(みやこ)の人々にとっては見ものだったことでしょう。

そして、また面白いことに、空海の筆の誤りは平安時代初期のエピソードですが、このことが「弘法も筆の誤り」という形で諺として書物に出てくるのは江戸時代中期(18世紀)のことです。伝説と諺の初出が時期的に大きな隔(へだ)たりがあるのは興味深い点です。人々が長い間忘れたままになっていた一つのエピソードが、後の時代に諺の形を取って復活したのでしょうか。

この諺と同義の諺は他にもいくつかあります。例えば「猿も木から落ちる」「河童(かっぱ)の川流(かわなが)れ」「上手の手から水が漏(も)れる」などです。いずれも「どんなに熟(じゅく)達(たつ)した人でも失敗することがある」という意味ですが、自(じ)信(しん)過(か)剰(じょう)・慢(まん)心(しん)を戒(いまし)めるニュアンスも含まれています。「弘法も筆の誤り」と全く同じ趣(しゅ)旨(し)の諺と言えば「釈迦(しゃか)にも経(きょう)の読み違い」が挙(あ)げられるでしょう。

谚语大餐之一品(7)

“弘法大师,亦写白字之一

弘法大师,亦写白字”是最大众化的日本谚语之一。之所以如此,一方面是因为其中提到的人物“弘法大师”是一位日本家喻户晓的超级名人,另一方面,这句谚语简洁明了,颇具说服力。

所谓“写白字”,就是“写错字”或“笔缺少画”。不过,这句谚语的含义并不限于“写错字”,更广泛地使用于表达“无论何等名人高手,偶尔也会遭遇失败”的含义。

介绍一段此谚语起源的插曲,插曲主人公“弘法”是平安时代初期高僧,尊称“弘法大师”。弘法大师本名“空海”“空”与“海”气势磅礴,让人联想到“宇宙”。803年,空海作为留学僧西渡唐代长安(今西安),滞留青龙寺学习佛教密宗,回国后在高野山创建了金刚峰寺,为传播佛教密宗做出了贡献。“弘法”意为“弘扬佛法”,实乃与“空海”相宜的谥号。空海作为书法家也声名在外,是当之无愧的书法大师,为同时期三大书法家的“三笔”之一。他与同期渡唐的前辈僧人最澄往来的书信仍有留存,被称为“风信简”的书简,现已被指定为日本国宝,备受珍重。即便书法小白的笔者,也不免高山仰止。从其书法风格,能窥见王羲之与颜真卿留下的深刻影响。

话说回来,这位书法大家空海奉敕命为京都大内里(即天皇居住的宫殿所在区域)应天门挥毫题写匾额,此时,空海犯下重大失误。

弘法大师,亦写白字”之二

待匾额书写完毕悬挂门额时,才发现“应”字少打一点。然而匾额已钉在门额上,不便取下。众人正束手无策之时,空海朝着匾额凌空掷笔,将缺失的那一点完美补齐。

书法大家空海题写应天门匾额,居然漏打一点,这段轶事在后世衍生出来的谚语,即弘法大师,亦写白字”。

不过,介绍这段逸闻趣事的笔者对大名鼎鼎的空海“老道走眼”了无所感,反倒对其投笔补点的绝技击节感佩。再啰嗦一句:敕令空海为应天门挥墨题匾的,是嵯峨天皇。

嵯峨天皇乃前文提到的“三笔”之一,亦是书法名家,与空海同时期在皇宫内楼门上题写匾额,可谓书法名家,同台竞艺。对于都城的人们来说,想必是难得景象吧。

有趣的是,尽管空海笔误是发生在平安时代初期的轶事,然而以弘法大师,亦写白字”的谚语形式出现在文献中,则是18世纪江户时代中期的事儿了。传说变成谚语,存在巨大的时间跨度,耐人寻味。莫非是一段早已被世人遗忘的趣闻轶事,在后世以谚语的形式得以复活?

与这句谚语同义的谚语还有若干。例如“猴子也会摔下树”“浪里白条淹浪里”“纵有巧手,难免水漏”等,均表达了“无论多么熟练的人也会犯错”的意思,同时又隐含着告诫“切勿自信过度、骄傲自满”的寓意。

要说与弘法大师,亦写白字”意思完全相同的谚语,应该是“佛陀也会念错经”吧。

主译:贵州大学2024级翻硕 侯添张凯菲孙闻博宇

(挿絵:ukaはち趙平)

本栏目执笔者之一的八幡啓老师为日本作家,在中国亦有图书出版,颇具学术研究价值,值得日语学习者置于案头。参见下图:

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